8月6日『原爆の日』に思う事

今回は特に長文の投稿になりますが…
良ければ御覧ください…😅

本日 8月6日は『原爆の日』ですね。
『広島県最東端』の小学校に通っていた
私にとって8月6日は夏休みの中の登校日
で、この日は学校で戦争や原爆に関する
映画を観たり、平和教育を受ける貴重な
日でした。余談ですが、当時 私はこの日
は「全国の学校の児童が登校する日」だ
と思っていたのですが、その後 岡山県の
中学に通って、その時 初めて登校する
のは 広島県の児童だけだった事に
気付きました…。😅
ところで 私が 愛読している 漫画
明智憲三郎 先生 原案
藤堂 裕 先生が 描かれる
『信長を殺した男 日輪のデマルカシオン』
では冒頭 まさに広島の原爆投下が
描かれました…。
冒頭にこの日本史上最大の悲劇を描かれた
のは、見事だと思いました。この漫画は
豊臣秀吉が主人公なのになぜ?と思われる
のが当然ですが…言わずもがな『歴史は
つながっている』からです。
広島、そして長崎の原爆投下 日本の敗戦
という多くの人々の命が奪われた悲劇の
元凶は 歴史を溯って行くと明らかですが
間違いなく『明治維新』です。
さらに溯り、豊臣秀吉は 天下統一を成し
遂げた後、大陸侵攻を実行し、そこでも
とてつもなく多くの人命が失われ、
そして 朝鮮半島の人々との間に多くの
遺恨を遺しました。
しかしながら、徳川家康 2代将軍 秀忠が
それらを『すべて覆して』朝鮮との善隣
外交を成立させ、『260年もの長きに渡る
平和国家』を築き上げたのです。
ところが、御存知のように、
その平和国家は 薩長を中心として
起こされた『明治維新により』破壊され
『70年にも渡る戦争の時代』へと
突入していく事を余儀なくされました。
また、江戸時代は実は 基本『減税↓減税』
の経済システムでした…それは 江戸時代
徳川幕府が「民衆を想う」政権であった
からに他なりません…それを、明治政府は
『増税↑さらにまた増税』の体制に変えて
しまい、それが令和の現代も踏襲されて
いるのです。
これらを鑑みて…江戸時代、徳川幕府が
いかに『平和を想い、民を想った』政権
であった事かが明らかです。
ところが、私は それこそ、特に小学生の頃
等は 基本 『江戸時代は 何となく 暗く
苦しい時代』だと教えられて来たような
気がします。鎖国によりキリシタンは
弾圧され…民衆は『慶安の御触書』に見ら
れるように朝から夜まで虐げられ…
身分制度がガチガチに決められ…5代将軍
綱吉が『生類憐みの令』で「お犬様を人間
より大事にしろ」とかめちゃくちゃな法律
が創られ…百姓一揆や打ち壊しが連発し…
そして、幕末〜明治を扱った大河ドラマ等
では『維新は日本の夜明け』とばかりに
幕府を倒すべく薩長を中心とした志士が
躍動する…
しかし、これらは偏った歴史観だった事
に気付かされます…なぜ、このような
偏った歴史観が世に広められたのか…?
理由は明らかです…それは 明治~大正
~昭和~平成~そして令和 の現代に至る
まで権力を握る政権の中枢が『まったく
変わっていないから』です。まさに先月
暗殺された元首相 (長州藩士の子孫)…
そしてこの度も留任する副総裁
(大久保利通の玄孫) …
(ガチすぎます…😰
多くの尊い命が犠牲となった日本史上
最大の悲劇  77年前の 原爆 …
それを至らしめた元凶 明治維新は
令和の現代も『国民の事を全く考えて
いない 不条理極まりない』 与党の政権
として日本の中枢に蔓延っている…
その事を強く認識しておかなければ
ならない…
日本の歴史を鑑みる度にそう思うのです…

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