明智光秀の娘 玉
一般的には「細川ガラシャ」の名で知られていますが、
戦国時代は夫婦別姓で「ガラシャ」はイエズス会が
付けた名ですのでここでは、「明智玉」とします。
彼女の辞世の句
『散りぬべき 時知りてこそ 世の中の
花も花なれ 人も人なれ』
一般的にはこの句の『花も花なれ』の箇所がクローズアップ
されますが、実は重要なのは 句の前半 です。
『散りぬべき 時 ‘とき’ 知りてこそ』 とき=土岐
これは彼女が 「自分は細川家ではなく’土岐一族’としての
誇りを胸に死んでいく」という強い決意を表しているのです。
父 光秀が
『 ‘とき’はいま あめがした’なる’五月かな』と発句で読み
弟の光慶が
『国々のなおのどかなる’とき’』と挙句に詠んだ 『愛宕百韻』
に呼応しています。
彼女の遺品だと伝わる十字架には、細川家の家紋九曜紋ではなく
土岐明智家の象徴 桔梗が刻まれています。
〈参考資料〉
明智憲三郎 著『光秀からの遺言』